黄昏の役員室で、黒皮と青い布が、

水面下のはるか上空に、名目上は「役員室」とされている部屋がある。直通のエレベーターはなく、いわゆる最上階からさらに階段で上がった位置にあり、建物内では屋根裏的な立地ではあるが、南側の壁は一面ガラス張りで、東京のウオーターフロンツをやや遠くから、心持ち見下ろすような位置にあるため、気分はペントハウスだ。ペントハウスに立ち入ったことはないが多分そうだ。
調度品も建物内の他の部屋にあるものとは少しだけ違うが、その手ごろな広さを買われて、事実上の打合せスペースとなっている。水面下は、それ自体が息苦しい上、打合せスペースが狭く、余計に息苦しいため、この名目上役員室を利用することが多い昨今である。
今日も、昼下がりから、名目上役員室での打合せが行われた。今回は面子が集まらず、広いスペースを3名で利用した。打合せ終了後、同僚のまさるさんから「(名目上役員室に)壊れた椅子があるので運ぶのを手伝ってほしい」と頼まれた。それは背もたれと座面がL字型に一体成形され、そのL字の左右から、アーチ状の部品(これが足と手すりを兼ねる)を組み合わせた木製の椅子であった。座面と背もたれは青い生地で覆われている。しかし、片側のアーチの接合部分のほぞが折れて、敢無く崩壊してしまったのである。
一旦ごみ集積場まで運んだが、その後、これらの什器を管理する部署から「勝手に触るな、元に戻しておけ」というお達しがあり、再度名目上役員室に運び込んだ。片側のアーチは付いたままなので、そのまま床に置くと大変不恰好である。良い安置方法はないかと見渡すと、部屋の片隅に、黒皮の、いわゆる社長椅子が置かれていた。
本物の社長椅子はどうだか知らんが、半端な社長椅子は座っていて疲れるらしく、敬遠されている(社長ではなく部長に、ではあったが)のを目撃したことがある。おそらくこの社長椅子もそのような境遇を経てこの場にたどり着いたのだろう。ガラス越しの風景はすでに黄昏かけており、少々物悲しい。
この社長椅子の座面と重厚感が、問題の壊れた椅子を安置するのに最適と見て取れたので、置いてみた。前述のとおり片側のアーチは健在なので、横向きに置くことになる。きれいにはまった。
一息ついて少し離れて見てみると、なんだかこれは少し妙な雰囲気だ。先ほどまでは、どちらかというと終焉を連想させていた「役員室」「社長椅子」「黄昏」が、壊れた椅子と組み合わさって、俄に違うもの−生産性はないが生産力はありそうというか、明るくはないがある種の愉しみがあるというか−を思い起こさせるように変化したのである。
まさるさんは、その印象をさらに強めるため、外れてしまった方のアーチを社長椅子に引っ掛けた。