都、難波長柄豊埼宮へ!

現在の職場である地下(水面下でもある)でアルバイトを始めた年の冬のことだ。その日もアルバイトに励んでいたが、昼頃から熱っぽくなってきて、そのうちトイレで激しく嘔吐してしまった。ジーンズにも吐瀉物がかかったが、防寒対策でオーバーパンツを持参しており、また、オーバーパンツだけでも寒くないほど自分が発熱していたので、ジーンズは紙袋か何かに入れて、オーバーパンツだけ履いて、ふらふらになりながらバイクを運転して帰宅した。体温計がなかったので、自宅近所の病院に行って測ったら、40度の熱が出ていた。3日ほど寝込んだ。

病弱な幼少期を乗り越えた私は、当時、そこそこ健康な体になっており、寝込むほどの熱が出ることはなかった。当時は身近に知り合いもおらず、アパートの隣に住んでいる大家ちゃん(俗にいう大家さん)ともそれほど親しくなっておらず、相当不安をおぼえたような気がする。

1週間も経たずに快復したが、その冬はあと2回熱が出た。翌年の冬も高熱。最初の高熱から全て同じ病院に行っていたが「あれからすっかり弱くなったね」と言われた。病歴は伝えたが、親身になってもらってうれしいような、過去のことは私が伝えたことしか知らないくせにと妙な反発をおぼえるような、なんともいえない気分だった。

その後勤務先が地上になり、春先に鼻血が出まくることがあったが、2年間は寝込むほどの高熱は出ないまま過ごす。そして再び地下に戻った。

仕事の内容も変わり、特に冬場、集中的に辛い期間が発生するようになった。それから3年連続で冬場に高熱を出して寝込んでいる。昨年と今年は冬の高熱のあと、春から初夏に月一回の割合で熱が出る。現在も不調。
余談:今の家に住むようになってから行く病院は若い医者主体、ときどきじいちゃん医者が診てくれるが、じいちゃん医者はすぐ点滴をうってくれる。過去3/4が点滴だった。

年をとって、あるいは地下・水面下に何かがあって、弱くなっているのだろう。精神的に弱くなったと実感するのは、医者に「風邪です」と言われて「馬鹿は風邪をひかないはずだ」と反発せず、認めてしまうようになったことだ。バイクに乗っていて「雨に降られるのも楽しみのうち」と強がれなくなったのも同じような時期かもしれない。

タイトルは大化の改新の惹句。惹句(オヴ)大化(の改新)→じゃっくたいか→弱体化、です、念のため。