長編小話

会社には電車で通わなくてはならない。仕方がないので、4VALVE ELECTRICと書いてある電車で、国営246号線を利用している。この線路はよく混むが、基本的に着座したままで過ごせるため楽だ。しかし、この電車は、それなりの格好をしないと快適に乗ることができない。特に足元は危険と隣り合わせなので、くるぶしまで包むハイカットで、爪先に鉄板が入った靴を常用している。一転して、会社ではサンダルで過ごす。よって、私は多くのビヅネスマンが履くような革靴を滅多に履かない。

それでも、革靴を履くべきときがある。

たとえば結婚式。昨年は秋と冬に、結婚式に招待された。スーツを着用し、革靴を履いて正装した。

たとえば社内行事で偉い人が登場するとき。例年、1月の上旬に「新年会」と銘打ち、社長が年頭訓示を垂れる場が設けられる。先日、午前中に行われた課の打ち合わせで、その日の夕方に新年会がある旨が通達され、きちんとした格好をするべしと念押しされた。こんなこともあろうかと、私は自分の机の下にビヅネスシューズを置きっぱなしにしているのだ。用意周到なのだ。

昼休みに机の下をのぞいた。仕事の資料がぎっしり詰まっており、ビヅネスシューズは見当たらなかった。そうだ、去年、結婚式のために家に持って帰って以来、会社に持ってきていなかった。

そ知らぬ顔でサンダルのまま新年会に出るのも一つの手段だ。幸いこの日の靴下はサンダルと同系色で、大勢の中に紛れ込めば目立つまい。が、せっかく念押しされたので、なんとか革靴を手に入れるべく動くことにして、まずは同僚にあたってみた。が、当然のことながら、彼は余分な革靴など持っていなかった。

会社近所の店を探すしかなかった。置き靴をしてさえいれば回避できた無駄な出費だが、仕方あるまい。靴を売っていそうな店を思い浮かべる。小さな商店街があり、そこに靴屋があったが、安売りは期待できない。ここは最後の手段だ。商店街と反対方向にスーパーマーケットがある。あまり大きな店ではないから、サイズ別の在庫が必要な革靴は置いていまいと予想しつつも、もし在庫があれば靴屋よりは安価だろうと期待し、まずそちらに向かった。スーパーの向かいに質屋があり、ひょっとしたらそこにあるかもしれないという期待もあった。

質屋は休業日で閉まっていた。信号が青になるのを待って横断歩道を渡り、スーパーに行った。1階は食料品売り場なので、2階に向かった。サンダルは売られていたが、革靴はなかった。残念ながらここまでは予想通りだ。

商店街に転進。途中のおにぎり屋で、189円と252円のおにぎりを注文したらなぜか504円請求された。訂正を求め、事なきを得たが、幸先が悪い。次にコンビニエンスストアで漫画を立ち読み。靴が気になってあまり集中できない。

いつもより短めに切り上げて商店街に向かう。先日4色ボールペンの替え芯を買いに行ったらそのうち2色しか在庫がなかった文房具屋の前を過ぎると、靴屋があった。この商店街全般に言えることだが、建物は古く、今後の躍進は望めそうにないし望んでもいないようだ。この靴屋は典型で、現在の在庫を売り切ったら店を閉めるつもりという雰囲気だった。店の前では年季の入ったワゴンでワゴンセールが行われていた。

おあつらえ向きの革靴も積まれていた。正札は5000円。それが、なんと「1足1050円 25.5-27.0サイズあります」という手書きのポップつきであった。1050円なら即決だ。買う。店の奥をのぞくと、店主とその幼馴染とおぼしきおっちゃんたちは、店の奥の丸椅子に腰をかけて雑談をしていたようで、こちらの気配に気づいた店主があわてて出てきた。店主の第一声は「すみません」であった。

26センチの革靴を所望すると、店主は「すみません」と言って奥に入った。私も続いて入店する。店内の照明はこれまた年季の入った蛍光灯で、商品は埃をかぶっているのではないかと邪推された。埃をかぶった商品といえば昨年空き巣に入られた日に行った山間の商店で実際に目の当たりにしたがこれはまた別の機会に書くとして、一分も経たないうちに26センチの革靴が出てきた。店主はまた「すみません」と言った。店でこんなに謝られたのは故郷の沼の交差点にあった写真屋以来だがこの話もまた別の機会にしよう。

ともかく1050円で革靴を手に入れた私は意気揚々と会社に戻り、前出の同僚に成果を報告した。彼は「まじっすか」と返してくれたと思う。

午後の業務を開始し、15時頃から、社内での打ち合わせを行っていたところに、部長がやってきて告げた。
「社長が体調不良で今日の年頭訓示は中止」


味わい深いビヅネスシューズのタグ。わかりづらいが「火のそぱに置くと」と書いてあります